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2017/11/4

 

11/4 公開シンポジウム「いのちのケアとスピリチュアリティ─悲しみ・苦しみに寄り添うマインドフルネス」を開催いたしました。

◆マインドフルネスとは
11月4日に行われた全青協と臨床仏教研究所他主催の公開シンポジウムでは、「いのちのケアとスピリチュアリティ─悲しみ・苦しみに寄り添うマインドフルネス」と題して開催されました。世界各国でマインドフルネス瞑想を実践しトラウマやグリーフを抱える人びとのケアに当たってきた、第一人者ともいうべき三人のゲストスピーカーをお招きし、その研究や経験談を通じて「いのちのケア(スピリチュアルケア)」のあり方について考えました。
 マインドフルネスとは、今、この瞬間にすべての意識を向けることをベースとした「瞑想法」のことで、自分の心の状態に気づく力を育むためのエクササイズのひとつです。これにより自分だけでなく他者の感情などを客観的にとらえて受け入れることができるようになり、この状態を「マインドフルな状態」といいます。マインドフルネス瞑想の源は仏教の教えに由来しており、その実践は単にストレスを軽減するだけではなく、人の心を平穏に保ち目の前の苦しみや悲しみに落ち着いて対処できるようになる効果があります。
 また、さまざまな苦しみや悲しみを抱える方の心に寄り添ったケアを行うために、支援者自身がマインドフルネスな状態であることが必要であるとされています。欧米をはじめとする世界中で、すでにその効果についての研究報告があり、医療・教育・ビジネスなどの現場において広く実践されるようになってきました。

◆コンパッション(思いやり)の実践
 一人目のゲストは、アメリカの佛教大学でCPE(臨床牧会教育)講座の講師をされているイレーヌ・ユーエン氏です。アメリカではストレス軽減や自己制御のためにマインドフルネスやヨーガといった瞑想方法が実践されており、医療の現場でも用いられています。
 今回は、こうしたアメリカの医療におけるマインドフルネスの実践を考える際に重要な軸ともいえる「コンパッション(思いやり)」が与える影響の利点と、それによって生じる問題点についてお話しいただきました。
 「医療」とは人に集中した仕事であり、ケアする相手とつながる仕事でもあるため、医療者の多くは人間としてお互いを助けたい、相手の苦痛を理解し寄り添いたいという強い思いのもと取り組んでいます。そのプロセスの過程でコンパッションが生まれ、共感する心を持って寄り添うことで精神の安定が図られ、苦しみに落ち着いて対処できるようになるといいます。
 人の心、精神というものはもともととらえどころのない、コントロールの難しいものではありますが、マインドフルネスにおける瞑想の実践により苦しみや悲しみに立ち向かうプロセスができ、自己制御ができるようになるといいます。しかし反対に、相手の苦しみを少しでも取り除きたい、相手の心を理解し寄り添いたいという強いコンパッションや人間関係における価値観のズレなどから、燃え尽き症候群や過度のストレスを感じてしまう医療従事者が多くいる実態を、大きな問題の一つとしてあげておられました。
 こうした状態に陥らないためにも、「対極感」の認識、つまり医療従事者自身が自分と他者は異なる存在であること、自分と相手の間には境界線があるということを認識することが必要で、それによりバーンアウトすることを防ぐことができるのだといいます。そうした「セルフ・コンパッション(自己に対する思いやり)」を実践することが、現場でケアに携わる医療従事者にとって、とても重要であるとお話しされていました。

 ◆いつもマインドフルネスに
 二人目は、スウェーデンのルーテル教会附属病院のチャプレンであるグスターブ・エリックソン氏です。これまでの経験の中で目の当たりにしてきた苦しみや悲しみを例に、マインドフルネスの実践の中でのさまざまな気づきをお話しくださいました。
 医療現場に入った当初は何の訓練も受けておらず、困難な状況に置かれている人を目の前に戸惑うことが多かったそうです。そんな時マインドフルネス瞑想の実践をし、呼吸を見つめなおすことで自らをも見つめなおし、その場から逃げずに出来事の自然な転換を待つことができたのだそうです。
 また、チャプレンとして活動していくうえで大切にしている三つのキーワードがあるといいます。
 一つ目は、「自ら祈りの部屋になること」。これはつまり、何ものにもなれるわけではないという壁を持ちつつも、常に相手をありのままに受け入れる、方向づけとなる存在であることです。
 二つ目は、「ゆっくり歩くこと」。落ち着いた気持ちで祈りの部屋へと入ることが、あらゆる状況に向き合うためにとても重要なことだそうです。
 三つ目は、「手中をからっぽにして入ること」。野心やテクニック、目標などのすべてを手放した状態で、相手を中心に考えながら部屋に入ることで、人や状況をありのままに受け入れられるのだそうです。こうしたことの実践は「禅」における瞑想と通じる点が多く、呼吸を意識することで自らの感情を保持し、それが相手の抱える困難と向き合う重要な要素になるとおっしゃっていました。

◆仏の教えを実践に
 三人目は、スリランカで薬物依存者の社会復帰支援を行っているクッピヤワッテー・ボーダナンダ氏です。マインドフルネス瞑想の実践は、ケアの実践、またそれによって直面する困難を乗り越えるために非常に重要な役割を果たすと、仏教の教えを交えてお話ししてくださいました。
 自らの活動経験を通じて「苦しみのない人などおらず、誰であっても薬物中毒に陥る可能性がある。自らが抱える苦しみから解かれるために、人間としての資質を養うことが大切である」と語り、仏教の世界において人間としての資質・思いやりの心を育むための重要な三つの要素について説明してくださいました。
 一つ目は、「戒(シーラ)」です。その中には人間の行動の原則ともいえる正語・正業・正命についての教えがあります。
 二つ目は、「禅定(サマーディ)」です。ここには正精進・正念(ありのままに気づく)・正定(正しい精神集中)の教えがあり、中でも正念の修行を行うことで自己理解を患者本人に向けさせることができるといいます。
 そして三つ目は、「智慧(パンニャー)」といわれる教えで、正思惟(ものを良く深く考える)・正見(原因と結果についてよく考える)の二つの教えについて説いています。これにより単なる知的事実・学問ではなく、生きた体験に変えていくことでものをありのままに見ること・悟ること、つまり知恵の体得を成し遂げることができるのだそうです。
 また、前述の三つの要素に加え、他者を苦しみから助け出すために特に重要な四つの特質についても、ブッダによる「いのちのケア」の実践を例にお話ししてくださいました。
 ケアする者にとって慰めや励まし、思いやりの心を持つことの重要性と、他者を助けるための適切な対応方法や心のありかたを示してくれる四つの態度、メッタ(慈しみ)、カルナ(憐み)、ムディター(喜び)、ウペッカー(平静さ)を瞑想として考え実践することにより、エゴの力に対抗し人類愛の促進へとつなぐことができ、結果的に苦しみや悲しみを抱える人の心の平穏につながるのだと繰り返しおっしゃっていました。
 正しい瞑想の実践によりこの四つの特質を心深く浸透させることができ、喜びと希望の回復、そして争いのない調和に満ちた共同体を培うことにつながるのだといいます。最後に、より慈しみ深いケアを行うために必要な行為として、布施・愛語・利行・同事を含む「四摂法」といわれる、他者を幸せにすることで自らの幸せを得ることができるという菩薩の精神を説いた教えについてお話
され、こうした生きとし生けるものすべてに対する慈しみの心を瞑想によって育み、ケアに役立てることが大切だとおっしゃっていました。

◆日本におけるいのちのケア
 後半にはディスカッション及び質疑応答の時間を設け、「いのちのケア」の実践によって得られたものは何か、日本においていのちのケアの定着を図るためには何が必要なのか等を伺いました。
 学生の方から、実際に苦しみを抱えるがん患者に対してどんな言葉をかけるべきかという質問が出されたところ、「あなたのそばにいます」「これからもあなたのことを考え続けていきます」といったような言葉かけや慈しみを伴った瞑想によって孤独や痛みを和らげることができるといったアドバイスや、言葉が必ずしも重要なのではなく、まずは患者を近くで観察し、その人にとって大切なことが何なのかなど気づいたことを提供することが大切だというご意見をいただきました。
 なかでも会場の関心を引いたのが、ケアを行う際に職業もしくは使命、どちらの立場で行っているのかという質問でした。モデレーターを務めた神仁上席研究員は、「宗教者として生きることは、それ自体が自らの生き方となっているため、職業としては結び付かずほとんどの場合で宗教者としての使命として捉えられているのではないか」と語りました。
 コメンテーターとしてご参加いただいた上智大学の伊藤高章氏は、日本の医療界では最初に集計的な数字によるデータを求められることが多いため、とりあえず実践を試みるといった試験的な取り組みは難しく、マインドフルネスに基づく介入を行っている医療機関は多くない、と現在の厳しい状況を述べ、他国に比べスピリチュアルケアの実践拡大が困難であることについて言及されていました。

 また、東京慈恵会医科大学の下山直人氏は、「施す者・施される者がともに人間であることを再認識し、神仏の教えのもと愛と慈悲を養い、マインドフルネスに生かしていくことが重要だ」とお話しくださいました。緩和ケアを考える上で科学だけでは割り切れない部分が多くあり、患者さんと向き合う場面で逃げ出したくなることもあったといいます。そのようななか、宗教的要素が取り入れられたことで自らの足りない部分が徐々にカバーされてきているように感じられるとおっしゃっていました。
 今後、科学的要素と宗教的要素の両方をうまく組み合わせていくことで、患者さんのためのより質の高い緩和ケアが実現できるのではないかと力強くお話しされました。

◆まとめ
 今回のシンポジウムを通して、マインドフルネスは決して特別な能力ではなく、宗教的観点からみた、他者とともに生きる一人の人間として必要とされる素質であるということを学びました。それまで遠くに感じていたマインドフルネスがより身近なものとして捉えられるようになりました。
 また、第三者かつ宗教者という立場で苦しみや悲しみを抱える人に向き合うことは一筋縄ではいかないということ、だからこそ仏教の教えにある慈しみの心・思いやりの心、そしてどんなに困難な状況の中でも精神の安定を維持し、その困難に向き合う心を瞑想の実践によって養うことの重要性を、三人のゲストスピーカーのお話から強く感じました。
 相手の苦しみを理解し、その思いに寄り添い、苦しみからの解放の手助けとなるためにも、マインドフルネス(瞑想)による緩和ケアの存在が、ケアを必要とする者・ケアする者の両者にとって非常に重要な意味を持つということを改めて考えさせられた気がします。
 今後こうした「いのちのケア」がより多くの人のもとに届くことを切に願います。




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